「密かなる抗議」


一般社団法人国際海洋科学技術協会

常務理事/事務局長 鈴木和富氏


 私が中学生であった頃の話である。私は吹奏楽部に所属していた。本当はトランペットがやりたかったが、「間抜けが服を着て歩いている」ような私に顧問の先生は、まず入部を諦めるに巧みに誘導し、これがダメだと分かると最も簡単そうな、つまりどうでもよいと思われる大太鼓(ベースドラム)を担当させた(但し大太鼓は演奏でたいへん重要な楽器であり、演奏は簡単ではないことをここで強調しておく)

 当時、毎年1回、県の吹奏楽連盟が主催するコンクールが開催されていた。当然、私の吹奏楽部も出場する。もちろん優勝候補ではない。

 演奏会には、基本的に自分の楽器を持参する。しかし打楽器(パーカッション)は、移動がたいへんなので、ときにより会場側が用意したものを使用する。従って演奏前の舞台を客席から見ると、誰もいない舞台に打楽器だけが鎮座している光景になる。

 

 その日、私は仲間と舞台の袖で自分達の出番を待っていた。私は、大太鼓の奏者を見つめていた。一人の奏者が自分の演奏をしては舞台の反対側の袖に去っていき、次の奏者が登壇しては演奏し、また去っていく。自分の順番が近づいてくるにつれ、嫌でも緊張が高まってくる。緊張が高まっても時間は止まらない。

 ついに自分たちの番がまわってきた。私は仲間達と一緒に舞台へ進む。打楽器の位置は一番後ろの壇である。大きな雛壇を上げるように大太鼓目指して歩く。

大太鼓の前に立つと正面に広がる客席は漆黒の闇である。逆に客席からはこちらがよく見えるのであろう。客席が見えづらいことは逆に客席からこちらはよく見えるということになる。

 演奏直前、私は、いつもの習慣に習い、大太鼓の安定性を確認した。大太鼓の頂点付近に掌を当てて、左右方向にぶれないか確認するのである。演奏前にぶれがあると、演奏中、不安定さが増し、とんでもないことになる可能性がある。しかし、このような場で、そのようなことは滅多にない。確認は演奏前の通常の習慣である。

 

 しかし、このときの大太鼓の様子は、普通ではなかった。軽く手を置いただけでもグラグラするのである。これほどの経験はこれまでになかったが、しかし、とても不安定なのである。私は、指揮棒を振りあげている顧問の先生に目で合図を行った。何度も送った。私のリクエストは大袈裟なものではない。ほんの数秒の時間をもらい、大太鼓を台座にきちんと乗せ直すだけのものである。第一、直前の演奏者は演奏後、なぜきちんと太鼓を台座に乗せ直さなかったのか。

 しかし、指揮者の演奏直前の関心と注意は、悲しいことにパーカッションへは向いていない。前列の金管楽器や木管楽器の演奏者に小声で話しかけたり、微笑みかけたりしている。演奏者の緊張を解きほぐそうとしていることは間違えない。やはり演奏の中心は金管、木管楽器でパーカションは附属物でしかないのであろう。しかし、指揮者の関心、無関心に関わらず、このまま演奏を始めたら、一大事である。

 私は、前列に座っているトロンボーン奏者に小声で指揮者にこの危険情報を順送りに指揮者に伝えてもらう作戦に出た。ところが、演奏直前の緊張の中、トロンボーン奏者は、完全に固まっており、私の問いかけに無反応である。

結局、指揮者は、指揮棒を振りあげた。もう駄目である。振り上げた指揮棒が振り下ろされたら、演奏が始まり、途中で止まることは決してない。

 

 ついに指揮棒は振り下ろされた。一斉に演奏が始まる。運の悪いことにこの曲はフォルテフォルテッシモから始める。第一打を打ったとき、大太鼓の異常な振動を感じた。演奏が進むにつれ大太鼓の本体のみならず、台座も少しずつずれていく。これは演奏の初番からたいへんな事態になった。意を決した私は、打音を控えめにし、左手でしっかり太鼓の頂点部を押え、指揮者に強烈な視線を送った。もはや一刻の猶予もならない。しかし、依然として指揮者は、木管、金管楽器に指揮棒で指示を送っている。

 仕方がない、私は、第二の作戦に出た。太鼓を叩く振りをして叩かない作戦である。「寸止め」である。これはさすがに僅かの時間を稼げた。奏者の動きとしては、しっかり叩いているように見えるが、太鼓に振動を与えていないので悪い状況は進展しないのである。

 

 しかし、すぐに指揮者は大太鼓の音が消えてしまったことに気付いた。今までは、私に一切、視線を向けなかった指揮者が、今は突き刺さるよう視点を向け、指揮棒を大きく振り回している。

「もっと強く叩け!」

と指示しているのである。私も目で

「強く叩けない事情があるんだ!」

と訴え返したが全く通じない。仕方なく全てを諦めて本来の演奏に戻した。太鼓は叩くたびに斜めに傾いていく。瞬間的にスティックを左手に持ち替えて太鼓の反対側を叩いても事態は好転しない。この段階で30°近く傾いていたと記憶している。船なら転覆まで猶予がない。太鼓を力いっぱい押えていなければ、何もしなくても自立できない状態である。しかし、指揮者はこちらに強い視線を向け、

「もっともっと強く叩け!」

と指示を出してくる。演奏は、クライマックスの部分に差し掛かっている。横で景気よくシンバルが打ち鳴らされ、トランペットが力強く主旋律を奏でている。私は、もうどうなってもよいと思い始め、太鼓の転倒を防ぐより、演奏に集中することにした。

 

 それから30 秒程度、経ったであろうか、太鼓の打鍵にいつもの反発力がないと感じた瞬間、大太鼓は台座から外れ、大音響と共に床に落ち、僅かに弾みながら客席側に向かって転がり始めた。

 先ずは前に座っているトロンボーン奏者の後頭部を直撃した。トロンボーンを演奏しているとき、何の前触れもなく後頭部に衝撃を受けたら、たまったものではない。トロンボーン奏者は、図らずも、プォォォォ~と頓珍漢な音を出した。しかし一旦、転がり始めた大太鼓は止まることを知らず、トロンボーンの斜め横のクラリネット奏者の背中を直撃した。運動エネルギーを馬鹿にしてはいけない。クラリネット奏者はピヒャ~と甲高い異音立てながら体ごと舞台前方へ弾き飛ばされた。

 ここまで惨事が大きくなると、指揮者も演奏者も観客も何が起きたのかはっきり分かる。吹奏楽は言うまでもなく口から息を吐いて奏でる楽器が中心である。爆笑しながら正常な演奏などできるはずもない。会場は、ブ~ヒャラ、ピーヒャラととんでもない音で満たされ、指揮者は、怒りに満ちた顔を私に向け、指揮棒を振るのを止めてしまった。観客席も大爆笑である。私は大太鼓がない雛壇の最上段で、スティックだけを持ち、バカ面を客席に披露するしかない。その後、大太鼓は加速しながらステージ上を転がり、客性に前列に襲いかかった。会場のスタッフが客席前列に駆けていくのが見えた。

 

 その後、どのようなお咎めを受けたか想像に難くない。まずは同級生や先輩から罵声を浴びせられた。

「お前のせいで優勝を逃した。」

と言われるのである。な~に、元々優勝候補ではない。しかし、ここは「忍」の一字である。ついで顧問で指揮をしていた先生から、それはそれは、こっ酷く叱られた。そして最後には、吹奏楽連盟会長と称する爺さんから、これまたこっ酷く怒られた。

 

 私は思うのである。この惨事は私のみが、悪かったのであろうか。私が全ての罪を背負って罰せられなければならないのであろうか。十数年経った今でも疑問なのである。因みに私の前に演奏した奏者は、パーカッション部門で表彰されていたことが忘れられない。

 

 死刑廃止論が議論されて久しい。私はどちらかと言うと死刑廃止論者である。死刑廃止論にはいくつかの消極的理由といくつかの積極的理由がある。死刑は、犯罪者に全ての責任を負わせ、生命をもって償わせるものである。

 しかし、私は凶悪犯罪を実行した人間に全ての責任を負わせることに疑問を禁じ得ない。どのような人間も凶悪犯罪を起こしてやろうと思って生まれてはこない。多少、遺伝的因子もあるのかもしれないが、それまでの家庭教育、学校教育、地域の人間関係が、凶悪犯罪者を作り出したことは自明であるである。それら関係者にも状況を勘案し、責任の一端を負わせるべきと考えるのである。被害者やその家族の無念も分からないわけではないが、凶悪犯罪を行った人間にのみに焦点を当てず、凶悪犯罪者を作り出してしまった地域社会の責任にも焦点を当ててもらいたいのである(この文章の下りは、司法試験の論述問題の解答ではない)

 

 毎年、高校野球のシーズンになると、この大太鼓の事件を思い出す。9回の裏、2アウト満塁の場面で、打球が野手の足元でイレギュラーバンドして、打球を後ろに逸らしてしまう。その間、ランナーは一気にホームに戻り、逆転負けしてしまう。

 打球の処理ができなかった野手は、試合が終わると大衆の視界から離れ、やがて忘れ去られてしまう。しかし彼は、その後、どのような思いで人生を歩むのであろうか。同窓会には顔を出すのであろうか。逆転負けの原因は彼一人の責任だったのだろうか。彼がエラーを起こす前に満塁にしてしまった選手に責任はないのだろうか。グランドの整備に責任はないのだろうか。

 

 地球温暖化が課題になっている現在、世間の批判の中心は大気中の二酸化炭素濃度である。温暖化の主犯は、本当に二酸化炭素(温室効果ガス)だけなのであろうか。

 生態系に影響を与えてしまったのは、本当に産業革命以降の人間だけなのであろうか。これを考えると夜も寝られない。

(2014 1119)

 

地球表面の70%を占める海の利用は無限であり人類の夢がある。その夢を取り起こすことが協会の使命です
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